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聖ヴァレンチノ司祭殉教者 St.Valentinus Presbyter et M.       記念日 2月13日  (2月 14日)


 本日祝う聖ヴァレンチノ司祭は、同名の聖人数人の中で最もよく知られ、司祭の聖務日課にもその名を載せられている人である。

 この人は3世紀の中頃ローマ教会に於いて人望篤く、その徳行も衆に勝れていたので、当時聖会を迫害しつつあったクラウディオ皇帝は、早くも彼に目をつけ、これを召して棄教を命じた。しかしもとより熱烈な信仰を持つヴァレンチノである。どうして威嚇に恐れて聖教を棄てるようなことがあろう、決然としてこれを拒んだから、皇帝は然るべき処置をとらしめる為彼をローマ市長の許に送り、市長はまたこれを法官アステリオに渡したのである。

 ヴァレンチノはアステリオの邸に入ると、讃美歌を歌い声高らかに「主イエズス・キリスト、願わくはこの家に住む総ての人々に天よりの光を与え、信仰に導き給え!」と祈った。ところがアステリオは、自分の娘が2年ほど前から盲目になっていたので、今聖人の祈りにあった光という言葉を普通の意味に解し、娘の目を癒してくれるものと思い、娘を彼の前に連れて行き、試みにその治療を依頼した。ヴァレンチノはこれこそ聖教が天主より出でたものであることを実証する絶好の機会であると考えたから、奇跡の行われんことを一心こめて天主に祈念し、後彼女の目に手を触れて「願わくは永遠の光にまします主イエズス・キリストが汝の視力を快復せしめ給わんことを!」と祈ると、娘の目は即座に癒えたのである。
 この不思議を目の当たりに見た法官アステリオは、天主の御力の広大なのに驚き、直ぐに改宗を思い立ち、一族四十人と共に聖人の手から受洗した。そして彼らに堅信の秘跡を授ける為には、教皇カリストが親しくアステリオの邸を訪問されたと伝えられている。

 皇帝クラウディオはヴァレンチノが信仰を棄てぬばかりか、その力によってわが信任する法官の一族までキリスト教に入ったと聞き、立腹一方ならず、さっそく兵卒等を遣わして彼らを捕縛させ、アステリオ等はオスチアに引き行き斬罪に処し、ヴァレンチノは最も憎むべき者として、フラミニノの会堂で棍棒で撲殺せしめた。聖人殉教の日は270年2月14日であった。


教訓

 法官アステリオとその一族が改宗したもとは、聖ヴァレンチノがその邸に至ってとなえた一片の祈りに他ならない。彼はそれをとなえる時、かほどまで豊かな収穫を得ようとは夢にも思わなかったであろう。が、天主は聖人の祈りを用いて、未信者の上に溢れるばかりの信仰の恵みを与え給うた。我等も謙遜に誠意から祈るならば、たとえその結果は我等自身に知れずとも、天主によってどれほど偉大な事を行い給うか解らないのである。